鳥の日記

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【読書メモ】さみしくなったら名前を呼んで

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著者である山内マリコさんは第一作目の「ここは退屈迎えに来て」第二作目「アズミ・ハルコは行方不明」まで読んできています。ほかにも購読しているテレビブロスの連載も読んでいるように、ボクは著者の熱心な読書であると思います。ボクのある著者の作品を熱心に追いかけて読む理由は、いくつかのタイプに分けられています。ひとつはストーリーが好きで面白くて読み始めたら止まらなくなるタイプ。それには、貴志祐介さんや森博嗣さん、伊坂幸太郎さんがいます。ふたつめにはその作品の世界観にどっぷりと入り込んでしまうタイプです。それには村上春樹さんがいます。そして本作の山内マリコさんについては、読んでいて勇気付けられるタイプなのです。

著者の山内マリコさんは、地方都市を作品の舞台とテーマとして、そこにある何気ない日常的な出来事を固有名詞ありのリアルさを描くことを作品の特徴としています。

11あるショートストーリーで構成されている本書のなかでも、特に心に残った作品は最後の「遊びの時間はすぐに終わる」でした。

内容についてざっくりと。                            ストーリーは、10代の頃を親友としてすごしてきた加賀美と私の2人は、よく遊んだ近所にあるショッピングセンター「セフレ」で数年ぶりに再会することから始まります。加賀美は高校卒業後すぐに、高校の同級生と結婚、そして出産をして生まれ故郷である地方都市で暮らしています。一方の私は、生まれ故郷を逃げ出すように、専門学校へ進学するために東京へ出て、そこから定職につかずにふらふらとした生活を送っています。久しぶりに再会した親友の姿をみながら、憧れと後悔の思いを抱きながら、自分の選択に間違いはなかったと思うように強く生きていこうと決心する、私の揺れ動く心情が描かれています。

ボクには、この「私」の気持ちが痛いほどよく分かりました。

わたしたちはなにも知らないほうがいいし、なにも出来ない方がいいのかもしれない。

 下手に夢をみたり刺激を求めたりして、東京へ出て、地方で暮らしては味わうことのできない、経験できない、知ることなかったこと知ることを無批判に素晴らしいと思っていました。でも最近になって、それってどうなの?と疑問を持つようになってきました。そのきっかけが、このストーリーにあるように、生まれ故郷でどこか悠々自的に暮らしているように見えてしまう同級生たちの姿を何回も目撃してきたからです。

とにかくもうちょっと時間が必要なのだ。

自分には何が出来て、何が向いていて、なにをするために生まれてきたのかを一通り試してみる時間が。

自分の中に留まり続けていた思いを代弁してくれた文章でした。これで、だいぶ勇気をもらえました。なかなか結論はだせないのです。

 

さみしくなったら名前を呼んで

さみしくなったら名前を呼んで